各種行事

「医療・介護の現場から、コロナ禍における現状と課題を考える」

医療法人白帆会 小川南病院理事長/茨城県病院協会会長  諸岡信裕

 新型コロナウイルス感染症の最初の報告から約1年余りが経過し、その間、本年4月下旬の時点で国内累積感染者数は52万人を超え、退院患者数も47万人以上となった。さらに、第3波の収束は見られず、第4波ともいえる感染拡大と入院患者の増加が続き、病床の数が逼迫する状態となっている。
新型コロナウイルスワクチン接種が感染予防・重症化防止や集団免疫効果の切り札として期待されているが、国内的に、十分なワクチン接種量が確保できていない現状では、医療関係者にとっても、大きな不安が残る。
 さらに、1都3県に出された緊急事態宣言に対しては、3月下旬に解除されたが、その後、大都市圏で夜間の人出が増加し、また感染者数も増加しており、大阪、兵庫、宮城、東京、沖縄等の都府県で「まん延防止等重点措置」が適応されることとなった。
現在、国は、新規感染者数の増加に伴う病床使用率の上昇による医療の逼迫と日本全体の経済活動に対する支援とのバランスを考え、際立った対応が後手後手になり、現時点のような再拡大(リバウンド)を引き起こす事となった。首都圏や近畿圏などの大都市地域のみならず、宮城、北海道、沖縄等の地方でも、飲食店や高齢者施設などでのクラスターや職場・家庭内感染による感染者数が増加を認め、大きな社会問題になっているのが現状である。
医療の現場では、医療従事者を始めとして、限られた医療資源をやりくりし、何とか新型コロナウイルス感染症の診療と日常診療を両立させている状態であり、“とにかく病床を確保すればよい”というだけでは不十分である。すなわち、この事は、医療提供体制だけの問題でなく、国民全体の健康問題としてとらえ、自分自身のみならず、大事な家族や仲間を守るため、感染防止対策の徹底や感染リスクの高まるような行事を行わない事が国民の義務でもある。
日本は、人口当たりの病床数は先進国の中でトップ水準ではあるが、感染者数や重症者数はけた違いに少ない。しかし、新型コロナウイルス感染症患者用に確保されたのは、全国の病床の約3%であり、ほとんどが公立・公的病院である。民間病院もある程度は、病床を準備しているが、急性期から慢性期までの治療を行う、いわゆるケアミックス病院も多く、人材確保や感染防止対策のためのゾーニング(感染防止のための院内区分け)等が困難なため、受け入れ困難の病院も多い。
すなわち、新型コロナウイルス感染症に対応するためには、医療界のみならず、行政、国民、マスメディア等が「オール・ジャパン」で真剣に取り組む必要があり、それが、みんなの責務でもある。

 

「パンデミック感染に対する医療計画」
全国で、新型コロナウイルス患者数が1日当たり8000人以上に迫った1月には、入院患者の増加が続き、首都圏などの大都市圏では、新型コロナウイルス患者向け病床使用率が80%を超えた。病床が逼迫し入院待機患者数も増加し、自宅や高齢者施設などでは急変して死亡するケースも相次いだ。その為、政府は新型コロナウイルスの感染抑制のために、1月7日に1都3県を対象に緊急事態宣言を発出。一定の成果を上げたことから、3月21日に解除したが、その後も感染者数は下げ止まりとなり、再拡大(リバウンド)の様相を示した。こうした緊急時に、米国では、各州で州法により強制的な措置をとる事が出来るが、日本では限られた場合にしか医療機関に指示を出すことはできない。今年の冬のいわゆる第3波では協力要請にとどまった次第である。しかし、民間病院も新型コロナウイルス患者の受け入れを徐々に進めており、特に地域医療支援病院でもある大きな民間病院を含めた全体の20%以上の病院で、新型コロナウイルス患者の受け入れを行っている。民間病院の大部分は200床以下の中小病院であり、新型コロナウイルス患者の受け入れのための専用病棟を準備するにも、感染防止対策のために動線をひくのも人材を確保するのも難しい。その為に、多くの民間病院は、新型コロナウイルス患者が回復し、その後のフォローが必要な場合には、地域の会議体を活用し、医療機関や介護施設などが役割分担を行い、後方支援の活動も開始した。
つまり、ECMO(重症呼吸不全患者に使用する体外式膜型人工肺)や人工呼吸器などの必要な重症患者は高度医療に対応できる大学病院などの特定機能病院、中等症は公立・公的病院などの中核病院、アフターコロナでフォローアップやリハビリを行う民間病院、のような役割分担を決めて、高度急性期から急性期、回復期、慢性期へと病院の連携システムの構築が開始された。パンデミック時にも、少しは対応が可能と思われるが、今後のリバウンド時や変異株などによる感染症が増加する場合には、更なる医療提供体制の構築が必要になろう。

「新型コロナウイルスのワクチン接種の現状と課題」
新型コロナウイルスのワクチン接種が、ようやく開始された。しかし、世界的なワクチン争奪戦に出遅れ、世界的な集計によれば、100人当たりのワクチンの接種回数はOECD37カ国中で最下位の0.4回であり、トップはイスラエルの111.3回、日本はワクチン後進国も甚だしく、これで、東京オリンピック・パラリンピックが開催可能なのかどうか、危惧する事態である。厚生労働省は、昨年夏ごろから、アメリカ、ファイザー社等と交渉を開始したが、個人情報の提供等で困難を極め、正式契約を結んだのは本年1月であり、ワクチンの安定供給については、まだ見通せない状況である。しかし、ワクチンの安定供給が見通せない
なか、2月中旬から、新型コロナウイルスワクチンの先行接種が国立病院等の公立病院から始まった。その後、医療従事者(約470万人)、高齢者や基礎疾患のある方(約4600万人)、高齢者施設従業員や一般住民の順番で実施される予定である。ファイザー社とモデルナ社のワクチンはmRNAワクチンであり、アストラゼネカ社のワクチンはウイルスベクターワクチンであり、ともに人体には無害な抗体を作り、感染予防や重症化防止に役立つとされている。しかし、国産のワクチン開発は遅れており、国内各社がワクチン開発にしのぎを削っているが、まだ、臨床試験の段階であり、すぐには間に合いそうもない。国が将来を見据えて、国内でワクチンを安定的に製造・供給し、品質を管理できるようにすることは、国民の命と健康を守る意味で最重点課題と考える。

 「変異ウイルスによる感染拡大」
変異した新型コロナウイルスによる感染拡大が、大きな社会問題となっている。従来より感染力が強い変異ウイルスの流行が、関西圏を中心に拡大傾向を示し、第4波(リバウンド)の感染拡大が現実となりつつある。変異ウイルスは免疫やワクチンの効果を低下させる恐れがあり、さらに感染が拡大すれば対策の大幅な見直しが必要となる。厚生労働省によると、ゲノム(全遺伝情報)解析で確認した国内の変異ウイルスの大半が英国由来の変異ウイルス(N501Y)であり、国立感染症研究所によると、感染者1人が何人にうつすかを示す「実行再生産数」は従来株と比べて1.32倍と感染力が強いとされた。現時点において、大阪や京都、兵庫等の多くの都府県において「まん延防止等重点措置」が適応されているが、これら近畿圏の感染者の70%は英国由来の変異ウイルスによるものと考えられている。国は、変異ウイルスの検査体制の強化を図り、簡易検査の推進を図った。しかし、地方衛生研究所のみでは十分な検査を行うのは困難であり、民間検査会社や大学、医療機関の協力が不可欠となる。変異ウイルスの検査率を着実に引き上げ、更にそれらの検査データベースを官民連携で共有し、国内外で対策を協議する必要があろう。さらに、本年夏の東京オリンピック・パラリンピックを控え、変異ウイルスの水際対策をどのように実行するのかが大きな課題でもある。変異ウイルスが現在のワクチンに対して、どれくらい効果があるのかは未知数であり、今後の臨床治験や臨床結果報告が待たれる。

「医療従事者:特に看護職の負担軽減を!」
長引く感染拡大により、医療従事者、特に看護職の疲弊は深刻であり、離職者も増加し、現場では、人手不足が深刻化している。日本看護協会による昨年12月に発表した調査結果では、感染症指定医療機関等において、新型コロナウイルス感染症対応による労働環境の変化や悪化、そして感染リスク等の理由により15%以上の病院で離職の割合が高く、さらに、20%以上の看護職やその家族・親族が、いわれなき差別や偏見を受け、看護職は精神の疲労がピークに達しているとの報告があった。新型コロナウイルス感染者が入院する病棟では、厳重な感染管理が必要となるため、通常の病棟より多くの人手がかかり、ICUでは、新型コロナウイルス感染者の場合は患者1人に4人がかりとなり、更にECMOを使用する場合には、患者1人に7~8人の医療従事者が必要となる。看護職の負担軽減のため、清掃などの医療以外の業務を外注にする取り組みも始まり、看護職を本来の業務に戻す事が可能になりつつある。
茨城県病院協会(諸岡信裕会長)は、昨年末、会員病院に新型コロナウイルス感染症に関する緊急アンケートを行い、医療現場からの切実な声を集約し、医療従事者への処遇改善、懸命に従事している医療従事者やその家族等に対する、いわれなき誹謗中傷や風評被害防止等について、茨城県大井川和彦知事と常井洋治県議会議長に対して要望書を手渡した。
今後、看護職の増員と負担軽減のためには、看護師免許を持っていながら臨床現場を離れている潜在看護師の活用も重要であり、都道府県ナースセンターが復職支援に乗り出している。しかし、国内で70万人以上いると推定される潜在看護師のうち実際に連絡先を把握しているのは13万人余りであり、臨床の現場に復職するために看護協会などが中心になり、看護現場に復帰するための研修会や看護技術体験学習会等を開催して、人材の確保を図っている。

「コロナ禍における介護施設への影響と課題、そして介護予防対策」
重症化リスクの高い高齢者が多く集まる介護施設では、施設内における感染症対策が重要である。除菌や殺菌アイテムの設置や使用が責務であり、消毒処理を徹底するために、多大なコストとスタッフの労力が必要となる。また、介護事業者が新型コロナウイルス対策のために追加された手間やコストを考慮して、介護報酬が上乗せできる特例措置「コロナ特例」が設けられたが、この特例を「評価する」意見が「評価しない」意見をやや上回る結果となり、働く現場での揺れる現状が示された。介護事業所の40%で経営状況は苦しい状況にあり、利用者の負担増とのジレンマに悩みながら、ウィズコロナの中で働く介護従事者への肉体的・精神的負担の減少を示す必要がある。感染対策を怠ると、最近多発している介護施設での新型コロナウイルス感染拡大(クラスター)が社会的問題となっており、財政的な支援、特に補助金の活用が重要であり、人材確保には緊急包括支援交付金が活用できるようになった。
さらに、人生100年時代の現状を考えると、このコロナ禍において、更なる健康長寿社会を目指し、自身が運動、栄養改善、社会活動参加等に積極的に取り組む事が重要である。
その為には、徹底した感染予防のもと、体を動かし社会活動参加を継続する事が、コロナ禍でもアフターコロナでも、元気な日常生活が維持でき、運動は、免疫力アップや認知症予防更には介護予防にもつながる。ひいては、元気な高齢化社会をつくり、そして医療と介護の連携が、総医療費の削減にもなり、健康寿命の延伸につながるものと考える。

「保健所機能の見直しと人員体制の強化を」
保健所は、地域保健法に基づき地方自治体が設置する機関で、全国に469か所あり、地域住民の疾病予防、健康増進、快適な住まい環境、食品に関する相談及び各種検査など保健・衛生・生活環境等に関する幅広い分野でサービスを行う行政機関である。しかし、今回のコロナ禍では、年末年始の感染拡大が想定を大きく超え、保健所の機能が限界に達し、他の部署から応援を得ながら対応したのが現状であった。新型コロナウイルス感染患者が増加するとともに、保健所には新型コロナウイルス感染の届け出件数が桁違いに増え、感染者に対する電話による症状の聞き取り調査等を行い、入院、宿泊療養、自宅療養を決めて療養先を調整するのが保健所であった。そして、自宅療養者の健康観察も担当していたが、多岐にわたるため、最近は、その業務の一部に関しては茨城県では医療統括官を選任し、新型コロナウイルス感染症の医療対策の指揮を一本化した。それにより、保健所は、本来の感染経路や濃厚接触者を割り出す積極的疫学調査等の重要な業務などに専念できるようになった。
しかし、この様なコロナ対応で保健所が逼迫したそもそもの原因は、1990年代半ばから行政改革の名の下、保健所の統廃合が進められた事による。過去25年間で、保健所は4割以上削減され、また医師、保健師など常勤職員も1割減員となった。その削減・減員がコロナ禍での人手不足に拍車をかけた。今後、アフターコロナにおいても、保健所で感染症対策業務にあたる保健師や医師等専門職を含めて、大幅に人員を増強し、保健所の体制を更に強化すべきである。感染症や大規模災害時には、保健所は統括的立場に立ち、そして市民・県民の命を最優先に迅速な対応が必要となる。そのためには、過去の保健所の統廃合について、もう1度再検証すべきと考える。

「おわりに」
新型コロナウイルス感染の流行は、いまだ収束のめどが立たない。「緊急事態宣言」と「まん延防止等重点措置」の繰り返し、そして自粛の要請と解除の繰り返しから脱却するため、国は戦略的な医療の提供体制を再構築し、さらに、国民の守るべき義務をマスコミを通じて幅広く強く訴えるべきである。最終手段は、英国で行われたロックダウン(都市封鎖)かもしれないが、仮にそのような事態になれば、普段の日常生活はほとんど不可能になり、いわゆる昔の隠遁生活を余儀なくされるかもしれない。その事をみんなが考え、感染拡大防止のために私たちが何をするか、そして私たちが何をするべきか、真剣に行動を起こす時でもある。もし不自由な社会になることを、良しと思うのなら、それは自身の責任であり、社会的な責務を放棄する事でもある。
そして、新型コロナウイルス感染症を収束し終息させるために、どんなに検査を拡充させ、さらなる病床の確保が出来ても、新型コロナウイルスとの闘いは長期戦となろう。医療は国民の税金や保険料で成り立つ公共財である。さらに、新型コロナウイルスワクチンの接種が先行する国では、社会生活の正常化に向け明るい兆しが見えてきたとの報告があるが、感染力が強いとされる変異ウイルスの拡散も始まった。新型コロナウイルスワクチンが、その変異ウイルスに対してどれくらいの有効性があるのか、未知のところもある。新型コロナウイルスの感染が国内で初めて確認されてから、1年余りが経過した。私たちは、未曾有のこの感染症に対して、どの様に対応するのか、若い世代から高齢者まで、“オールジャッパン”で、真剣に考える時でもある。
そして、医療は、今までは「平時の安全保障」であったが、今後は「有事の際の安全保障」として、これまでの経験と教訓を生かし、国民の安心・安全のために更なる大胆な施策を打ち出すことが重要と考える。

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